東京地方裁判所 平成10年(ワ)27594号 判決 1999年11月30日
原告 株式会社首都圏サービス
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 岡本敬一郎
被告 Y
右訴訟代理人弁護士 内藤満
右訴訟復代理人弁護士 増田利昭
主文
一 被告は原告に対し、金九六万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、貸金業を営む原告が、被告に対する本件貸付は被告の取込詐欺によってなされたとして、被告に対し、貸金交付額及び弁護士費用等について不法行為に基づき損害賠償請求した事案である。
一 前提事実(証拠を特記した以外は争いがない)
1 原告は住所地において貸金業を営んでいる。
2 被告は、昭和四〇年○月○日生まれの男子で、家族としては専業主婦の妻(収入はない)と幼少の子二人がおり、a工業株式会社古河工場に勤務している(甲一一の一及び二、乙二)。
3 原告は、被告との間で、平成一〇年一〇月二一日、金九五万円を、返済日平成一一年一月二〇日、利息年三二・八五パーセント、遅延損害金年四〇・〇〇四パーセントの約定にて貸し付ける旨合意し、右貸付金から調査料・手数料等の名目で金八万五〇〇〇円を控除した金八六万五〇〇〇円を、右同日被告に交付した(以下被告によるこの借入を「本件借入」という。)。
二 争点
本件借入は被告の詐欺によるものか(ただし、後記当事者双方の主張の要旨欄の記載によれば、本件借入当時、被告は本件借入金について客観的には返済不能な状態にあったことは争いがないところであり、したがって争点の核心は被告に返済意思がなかったかどうかにある。)。
(原告主張の要旨)
次の事情に照らせば、本件借入当時被告に返済意思も能力もなかったことは明らかであり、本件は被告による取込詐欺である。
1 被告は、自己申告で消費者金融九社から約二六〇万円の借入があり、原告からの本件借入金を他社の三、四社に対する少額の借入金に返済し、借受金債務の一部一本化を図らないと原告への返済もできない状況であったのであり、被告は原告に対し、本件借入の際、その目的は右一本化のため借入する点にあること、親族や勤務先関係等無担保での借入は存在しないことを申し述べていた。
しかし、真実は、本件借入当時無担保での借入や勤務先を通じての借入等を含め既に約六〇〇万円以上の借入金債務を負担しており、本件借入により借増しをしたところで到底返済の見込みはなかったうえ、右借入後、被告は借受先である消費者金融会社に返済することなく、本件借入金額にほぼ近い金額を非貸金業者で無担保の借入先である訴外B(以下「B」という。)に弁済した。
2 被告は、本件借入に先立つ約半年前に原告に来社し、その時の体験から、原告より金員を借り入れるためには連帯保証人をつけることが融資の絶対条件であることを知っており、本件借入当時も実兄の訴外C(以下単に「実兄」という。)が連帯保証人になることを承諾しているが、同人は今出張中で本日連帯保証契約を締結することができない、平成一〇年一〇月二六日までには必ず右契約に調印する等の旨を申し述べて、右同日までに連帯保証人を立てることを原告に約束し、原告はこれを信頼して本件融資に応じた。
しかし、右同日になっても被告は連帯保証人を立てず、同日の被告から原告に対する電話の中では、明日(同月二七日)に原告に来社する旨告げていたが、その日になっても来社しなかったため、原告の担当社員が被告の勤務先に架電したところ、無断欠勤しているとのことで自宅にもおらず、右担当社員は翌日(同月二八日)被告の勤務先を訪ねた。すると、被告は「自己破産を申し立てるために弁護士に依頼した」と言って、被告訴訟代理人の名刺の拡大コピーを右担当社員に見せた。その後、間もなく右訴訟代理人弁護士の受任通知が発信され、その内容には、「依頼者(被告)が多重債務に陥っており、右依頼者本人に支払請求することを厳にお断りする」旨記載されていた。
これらの一連の事実経過に照らせば、被告が本件借入当時、返済意思を欠いていたことは明らかである。
よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、本件借入に基づく交付金八六万五〇〇〇円と本件不法行為と相当因果関係にある原告の弁護士委任による報酬金一〇万円の合計金九六万五〇〇〇円及び本件不法行為の日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払債務を負う。
(被告主張の要旨)
本件借入当時、被告は原告が主張するとおり、約六〇〇万円程度の借入金債務を負担しており、これに対する被告の勤務先からの収入及びアルバイト先からの収入を加えても客観的には支払不能な状態にあったことは認めるが、主観的には、自分の責任で何とか借受金債務を返済しようと考え、アルバイト収入を増やすことで対処しようと考えていた。被告が原告を含む債権者に対する支払意思を失い、自己破産を決意したのは、原告の執拗かつ強引な取立を受け、このままでは、勤務先の会社を退職せざるを得なくなるばかりか、自分自身のみならず家族の生命・身体に対する危険を感じたためである。
したがって、本件借入当時、被告には返済意思はあったのであるから、原告主張の詐欺は成立しない。
第三争点に対する判断
一 本件争点は、本件借入の際、被告に詐欺があったか否かであるが、前述したとおり、右借入当時、被告はその当時の被告の負債総額及び収入等によっては客観的に支払不能の状態にあったこと換言すれば返済能力がなかったことについて争いがないところであり、また<証拠省略>及び弁論の全趣旨に照らせば、被告自身本件借入当時、右返済能力を欠くとの点に関する根拠事実である借入負債総額及びその内容並びにこれに対する返済財源である自己の収入等の事実を認識していたことは明らかであるから、被告は、右借入時において、客観的には返済不能であることにつき自らこれを知り得たものと認定せざるを得ない。そうとすると、それにもかかわらず本件借入に及んだ以上、特段の反証なき限り、返済意思を欠いていたことが事実上推定されると解するのが相当である。
してみれば、本件において、右反証があるかどうかにつき、次に検討することになる。
二 <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する被告本人の供述部分は、関係証拠に照らしてたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 被告は、競馬資金の借入による借金を繰り返し、平成九年一一月ころからは専らその借入金返済のための借入を続けるようになり、本件借入直前には既に労働金庫(古河支店)、信販会社(株式会社オリエントコーポレーション)及び消費者金融会社(株式会社武富士他八社)に対し、合計六〇〇万円強の借入金債務を負担していたうえ、勤務先の同僚であるBからも弁済期の定めなく金八二万円の借入を受けていて、消費者金融会社に対する返済のみで月少なくとも約一三万円、労働金庫の返済については月三万円をそれぞれ支出していた(株式会社オリエントコーポレーションの返済については不明である)。
これに対し、被告の収入は、勤務先からの月平均約二〇数万円(平成一〇年九月の手取り収入〔ただし、被告の手取り収入は、労働金庫からの借入の返済金として毎月三万円控除された後の金額である〕は、金二〇万六八七七円であり、同年一〇月のそれは、金二四万四九七円である)であり、これに毎日なされる新聞配達の仕事と月一五日なされるホテルフロント業務による毎月のアルバイト料合計月約一五、六万円から成り、これを合わせたものが被告の月収である。
そして、被告には特に返済財源となるようなみるべき資産はなく、また親族から自己の借金の返済のため援助を期待できる状況ではなかった<証拠省略>。
2 被告は、本件借入の数か月前に原告から借入しようとしたが、連帯保証を条件としていたため、これをあきらめたことがあり、本件借入は原告に対する初めての借入である。
本件借入の内容は、前記争いのない事実3記載のとおりであるが、さらに被告が右借入の五日後の平成一〇年一〇月二六日までに本件借入に基づく被告の債務について保証する連帯保証人を立てることが条件とされており(ただし、被告は、本件借入当時、原告担当者に対し、連帯保証人候補者からの同意を得ていると述べたが、実際には同意が得られていなかった)、これができなければ被告は期限の利益を失うこと及び同年一一月から返済期限である平成一一年一月二〇日までの間、毎月二〇日限り、右借入についての利息を支払う旨が原告と被告との間で合意されていた。
被告は、本件借入当時、原告の担当社員に対し、この借金の目的は被告が負担する他の消費者金融会社の借受金債務のうち、少額の借入先の債務についての返済をするためである旨告げており、また本件借入の返済方法については、被告の取引銀行である常陽銀行古河東支店から資金を調達して返済期限に一括返済する、仮にそれができなければ身内等から金策して必ず返済期限には完済する旨述べていた<証拠省略>。
3 被告は、原告から、本件借入により、借入金九五万円から契約手数料等八万五〇〇〇円を控除した金八六万五〇〇〇円を受領したが、その金員の中から、右借入前に無利子で借金していたBに対し、本件借入当日、金八二万円を返済した(乙七、被告、弁論の全趣旨)。
4 原告主張の要旨欄記載の2の事実中の一連の事実経過に関する事実。
5 被告は、平成一〇年一一月一八日、水戸地方裁判所下妻支部に自己破産の申立てを行い、同裁判所から破産及び同時廃止の決定を受け、その後さらに免責決定を受けた<証拠省略>。
以上認定の事実及び前記争いのない事実を踏まえて、被告による反証の有無について次に検討する。
右認定の本件借入前の被告の借受金債務総額、被告の毎月の返済額、被告の家族構成、総収入額及び被告が特に返済の財源となるような資産を有していなかったこと、平成九年一一月ころから専ら返済のための借入を繰り返していたこと、被告は本件借入後の新たな借入を受けないまま自己破産に至っていること等の事実に照らし、被告は本件借入当時、右借入を受けても、自己の収入の中からはその弁済期に弁済を行うことが到底できない状況にあったことは明らかである。そのうえ、本件借入により、無利子であったBからの借入金債務が高利の原告からの借受金債務に変わり、これによって被告は、原告との約定に従う限り、平成一〇年一一月から従来の返済額に加えて毎月約二万六〇〇〇円の利息の支払を余儀なくされ、さらに平成一一年一月二〇日には本件借受元金九五万円の一括支払をせざるを得なくなったものである。これに対し、被告は、本件借入金の返済については、原告担当者に対し、銀行から借入を行って調達し、仮にそれができなければ身内から調達する旨申し述べているが、これが本件借入当時可能であるとする根拠は全く存在していなかったというべきである。加えて、被告は、本件借入の目的について、原告の担当社員に対し、小口の消費者金融会社に対する弁済のためであると言っておきながら、実際にはこれに反し同僚への弁済を借入当日行ったものであり、本件借入金の使徒について真実を述べていたかどうかも疑問である。そのうえ、被告は、原告担当者に対し、本件借入の際、連帯保証人候補者からの同意を得ていないにもかかわらず、連帯保証人候補者の承諾を受けており、後日必ず立てる旨約して本件融資を実行させている。
これらの事情及び本件借入後の一連の事実経過等を併せ考慮すれば、被告は、本件借入当時、支払意思を有していなかった疑いが強いというべきであり、仮にそうでないとしても、被告の支払意思の欠如について、合理的疑いを抱かせる事情は特に窺われないといわざるを得ない。
もっとも、被告は、客観的に支払不能であっても、本件借受当時、アルバイト収入を増やして返済に対処しようとしており、これが実現できずに自己破産を決意するに至ったのは原告の強硬な取立のためであるから、支払意思は有していた旨主張する。しかしながら、本件借入直前の時点において、被告は既に時間的、労力的に可能な限度のアルバイトの仕事を行っていたものと推認され、これ以上アルバイト収入を増やすことが現実に可能であるとの合理的根拠事実を認めるに足りる証拠はないうえ、被告が自己破産の決断をした時点は、被告が返済不能を自覚した後の時点の行為というべきであるから、仮に本件借入当時被告が自己破産の意思までも有しておらず、これが原告の返済請求を受けた後に生じたとしても、それが故に本件借入時に支払意思を有していたことの根拠にはなり得ないというべきである。
そうすると、本件において、被告の反証は十分ではないから、本件借入時に被告が返済意思を欠いていたことを推認するのが相当である。したがって、争点に関する原告の主張は理由がある。
よって、本件詐欺が認められ、被告は原告に対し、損害賠償として、原告が被告に交付した金八六万五〇〇〇円及び右の不法行為と相当因果関係があると認められる弁護士報酬金一〇万円の合計金九六万五〇〇〇円とこれに対する不法行為の日である平成一〇年一〇月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払債務を負担する。
第四結論
以上の次第で、原告の本訴請求は理由がある。
(裁判官 堀内明)